APAST Essay_026A 「核廃棄物の後始末」

核廃棄物の後始末
著者 NPO法人 APAST 筒井哲郎

1.福島事故現場の後始末および使用済み核燃料の後始末
 1年前にわたしは、福島第一原発事故現場の後始末について、デブリ取り出しを100年または200年後に行うべきだ、という報告書を書いた(注1)。
 また、政府の機関である原子力発電環境整備機構(略称NUMO、近藤駿介理事長)は、高レベル放射性廃棄物・ガラス固化体などを地層処分する(地下深く、たとえば1000mの深さに埋める)ことを目指して、2000年に設立されて以来、過去15年余りの間、処分地の募集を行っているが、今のところ正式に応募した自治体はない(高知県東洋町は、正式な応募をしていない)(注2)。
 さらに、すでに48トン溜まっているプルトニウムは、処分方法が決まっていない。プルトニウムは核兵器の原料だから、安全保障上の懸念を抱いている諸外国に対して、その方針を説明する必要がある。
 フィンランドではオルキルオト島の地下岩塩層内に、深さ420m、総延長42kmのトンネルを作り、総重量5500トンの核廃棄物を搬入し、その後トンネルをベントナイト(粘土)で埋め殺す方法を決定した。
 ドイツでも、アッセというところで岩塩層に低・中レベル放射性廃棄物を地層処分する最終処分場が20年ほど前に作られた。しかし、地下水の浸水などで岩塩層ドームの崩落などが危惧されている(注3)。
 これらの問題は、つとに「トイレなきマンション」と指摘されてきたが、さまざまな種類の後始末が、「後世への最大遺物」になっている。

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APAST Essay_025A 「核の技術システム」

核の技術システム
著者 NPO法人 APAST 筒井哲郎

1.核の平和利用と軍事利用
一度獲得した知識は忘れることができない。水爆をいったん作ってしまったら、その知識を全人類の知識の中から消してしまうことはできない(注1)。ある集団がある時期「平和利用に徹して、決して軍事利用しない」と決意しても、少数勢力が軍事利用を目指せば、軍事利用は実現してしまう。
 戦後日本は、「原子力の平和利用」を国の政策として推進してきた。しかし、つねに核武装のポテンシャルを追求する政治集団があった。わけても現安倍政権は衣の下の鎧が透けて見えることを気にかけないところまで来ている。これは何も日本だけの状態ではない。世界の原発推進国はすべてそうだといってもよい。つまり、核技術は、平時には発電、非常時には核兵器を作る軍事技術である(注2)。それを分けて宣伝しているのは日本だけであって、世界の常識は一体である。

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